生活の見える看護、顔の見える地域医療

【受け入れた人】

東京都看護協会立城北看護ステーション
所長 竹内 里絵子

急性期のナースが、在宅看護で研修しました!
〜「東京都健康長寿医療センター」と「東京都看護協会立城北看護ステーション」の取り組み〜
東京都健康長寿医療センターでは平成29年度から高齢者看護領域のスキルアップを目指すため「高齢者看護エキスパート研修」を実施しています。
さまざまな研修プログラムのなかでも、3期目となる今回にはじめて導入された「訪問看護ステーション実地研修 」は、研修受講生に強いインパクトを与え、その後の仕事にも大きな影響をもたらしたようです。今回は「訪問看護ステーション実地研修 」について、「スタッフを送り出した側」「受け入れた側」「研修プログラムを作った側」のインタビューを紹介します。

【編集部】
東京都健康長寿医療センターの看護エキスパート研修を受け入れた経緯について、簡単にご説明をお願いします。

竹内所長(以下、竹内):
以前、当看護ステーションで勉強会をするにあたって、東京都健康長寿医療センター(以下、健康長寿さん)の認定看護師さんに講師をお願いしたのがきっかけだと思います。とてもお世話になったので、今回このような依頼をいただき、ぜひ力になりたいと思いました。
いらしていただくことで、私たちにとっても利用者さんにとってもプラスになるという思いもありました。

【編集部】
受け入れてみてどうでしたか?

竹内:
研修後は、連携がとりやすくなり、とくに入退院の場面でスムーズになりました。これが「顔の見える地域医療」なのだと思います。
研修生が訪問するご家庭も、健康長寿さんに入院予定の方や、健康長寿さんから退院した方などを優先的に選んだこともあり、スタッフ同士のコミュニケーションもこれまで以上に円滑に進むようになりました。健康長寿さんに入院することになった利用者さんがいらしたのですが、訪問していた研修生がちょうど病院にいて、「〇〇さんがいる!」と、安心した表情をされていたと聞いています。

【編集部】
急性期の看護師に感じてもらいたかったことはなんですか?

竹内:
病院にいるときの顔と家にいるときの顔は違います。急性期の看護師たちにその違いを見てほしかったですし、「入院患者さん」としてではなく、1人の人間としての生活を見て感じてほしいと思っていました。
コロナ前は、ご家族の面会時などに患者さんの「素の顔」が見えることもあったのですが、昨今は面会も制限され、「入院患者さんとしての顔」しか見られなくなっています。また、核家族化の影響もあって、お年寄りと一緒に暮らしたことのある20〜30代があまりいません。そのため、高齢者の方々が自宅でどんな生活しているのかわからない看護師が少なくないと思います。

人の生活はそれぞれ違います。自分では想像もしないような生活、人生を送られている方もいらっしゃいます。それを肌で感じてほしかったです。無意識にもっていた、「生活動作ってこういうもの」「生活環境ってこういうもの」という常識を取っ払って価値観を広げてもらいたいと思っていました。

【編集部】
実際に研修に行ってもらってどうでしたか?

竹内:
精神疾患のある方、生活保護を受けている方、超高齢で独居の方などが、そもそもどうやって生活してきたのか、「もとの生活」がわからなければ、本当の意味での退院時支援はできません。
今回、地域の高齢者が「こうやって生きてきたんだ」というのを肌で感じられたと思います。急性期病院の看護師にそれを感じてもらえたことがとてもうれしかったです。

【編集部】
受け入れた側の変化を教えてください

竹内:
病院は治療が優先です。それが当たり前ですしそれでいいと思っています。私たち訪問看護師も、急性期病院の看護師も「いい看護をしよう」という思いは一緒です。
今回の研修で、私たちも「急性期病院側が何を求めているか」を知ることができました。退院に際し、「退院時サマリー」をいただいているのですが、これまでは、何をどう返してよいのかわかりませんでした。
しかし研修を終えた今、病院側が知りたい情報がわかったので、今後は「サマリー返しをしていこう!」という取り組みが始まりました。
医師への「報告書」ではなく、病棟の看護師宛のものです。「入院中にこれをやっておいてくれて助かりました」など、患者さんの生活に即した情報を返していこうと思っています。


【編集部】
研修を終えて、どんなことを感じていますか?

竹内:
「顔の見える連携」って大事だな、と思いました。今回のご縁で、研修終了後も、健康長寿さんから勉強会に声をかけていただいたりしています。要所要所で、スタッフがどうやったらうまく連携がとれるのか、そういう視点をもらえた気がしますね。
退院の判断に迷ったときも、「とにかく帰ってきてから考えよう」というのが私たちのスタンスです。その思いも、研修生をとおして健康長寿さんに伝わっているのを感じます。
「ここを工夫すれば帰れる」とか、「これに関しては退院後でもなんとかなる」といった視点で考えていただけるようになり、また、そんな考え方を知ることで、逆に「本当に帰ることができないのはどんなケースか」も見えるようになったと思います。

「どうにかして患者さんの望みを叶えよう!」 という思いを共有できている感覚がとてもうれしいです。
私は「工夫すればなんとかなる!」と常に思っていますので。

【編集部】
そのような視点をもつようになったきっかけは何ですか?

竹内:
私は26歳から在宅医療に携わっていますが、きっかけは、縁あって参加した難民キャンプでした。
「難民キャンプで医療支援」といっても、当たり前ですが、そこには検査機器も検査キットも十分なお薬もありません。それでも「何ができるか」を考えなければなりませんでした。
ある日、同じ難民キャンプに参加していたドクターに、「医師は本当に何にもできないよ。看護師さんはいいね、何もないところでも看護ができるでしょ。」と言われたんです。そのときに「看護って本来こういうものだ!」と強く感じました。限られた環境で何ができるかを考える、できることはきっとある。今もそのスタンスは変わりません。

【編集部】
今後の高齢者看護はどうなっていくと思いますか?

竹内:
練馬区は、訪問看護ステーションをはじめ在宅支援施設が比較的たくさんあります。国全体で見ても、サービスやレンタル機器も充実しており、今の日本は、本人が望めば、「帰りたければ帰ることができる社会」「家で看取ることができる時代」です。それを実現するための、医療・介護側の人手不足や、医療以外の社会的問題(貧困など)をなんとかする必要があると思っています。

【編集部】
最後に一言、お伝えしたいことなどありましたらお願いします。

竹内:
急性期病院にいると、「その後どうなったんだろう」「自分はこれでよかったのかな」と思うことがたくさんあると思います。
今回は、健康長寿さん独自の院内研修(*1)でしたが、当看護ステーションは、「東京都訪問看護教育ステーション事業(*2)」の教育ステーションとして、体験や研修などを受け入れています。
1日のみの研修や、病院に勤務しながら参加できるプログラムもありますので、ぜひ積極的に利用していただきたいと思います。いつもと違う環境に身を置いてみると、見えてくるものも全然違ってくると思います。

*1 一部、院外からの参加も可能
*2 https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kourei/hoken/houkan/houkankyouiku.html