地域を知らないと急性期看護はできない

【研修を作った人】

東京都健康長寿医療センター
看護部 看護部長 太田 日出 さん

急性期のナースが、在宅看護で研修しました!
〜「東京都健康長寿医療センター」と「東京都看護協会立城北看護ステーション」の取り組み〜
東京都健康長寿医療センターでは平成29年度から高齢者看護領域のスキルアップを目指すため「高齢者看護エキスパート研修」を実施しています。
さまざまな研修プログラムのなかでも、3期目となる今回にはじめて導入された「訪問看護ステーション実地研修 」は、研修受講生に強いインパクトを与え、その後の仕事にも大きな影響をもたらしたようです。今回は「訪問看護ステーション実地研修 」について、「スタッフを送り出した側」「受け入れた側」「研修プログラムを作った側」のインタビューを紹介します。

【編集部】
エキスパート研修を始められた経緯や、3期目となる今回「訪問看護ステーション実地研修」を導入された経緯を教えてください。

太田看護部長(以下、太田):
当院は平成21年(2009年)に東京都の組織改定により、東京都から独立し、地方独立行政法人化されました。それに伴いスタッフが大きく入れ替わり、若い看護師が増えました。そこで、教育の必要性を感じたのをきっかけに「エキスパート研修」をスタートさせました。
目指したのは、「ジェネラリストの育成」と「高齢者の知識を高めること」。看護師の仕事をしながら1か月に1回の研修を受け、約15か月かけてカリキュラムを修了する研修を組みました。

1期目、2期目ともに、医師などによる有益な講義で、疫学を学んだり、看護研究によって理論的に考えられるようになるなど当初の目的は果たすことができました。

一方で、「地域を知らないと、急性期病院としての役割は果たせないのではないか」という思いをずっともっていました。地域医療の現場に出向く必要性を感じてはいたのですが、1・2期目は、コロナなどの理由で実現できませんでした。

3期目となる今回もコロナ情勢が大きく変わったわけではないため、諦めようとも思いましたが、「もうハワイに行けるのに、看護師が看護の現場に行けないのはおかしい!」と奮起しました。
勉強会でのつながりがあり、かつ「東京都訪問看護教育ステーション事業(*)」の教育ステーションに指定されていた「東京都看護協会立城北看護ステーション」さんに相談したところ、快諾いただきました。

途中、オンライン研修に切り替える案も出たのですが、知識を学ぶだけではなく、研修受講者同士がつながって「仲間」になることも大切だと思っていたので、対面での研修を継続しました。

*「東京都訪問看護教育ステーション事業」:地域包括ケアの中心的な役割を担う訪問看護師の確保・育成・定着を支援するため、都内13か所の訪問看護ステーションを教育ステーションとして指定し、訪問看護に関心のある看護職が訪問看護ステーションでの体験や研修(同行訪問等)を受けられる事業
(https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kourei/hoken/houkan/houkankyouiku.html)

【編集部】「地域を知らないと、急性期病院としての役割は果たせないのではないか」の思いについて、もう少し詳しくお聞かせください。

太田:
高齢者は「あり余る時間」が残されているわけではありませんが、日々の生活のなかで、「残された時間をどう生きたいか」を考えたり、それを誰かに伝えたりすることはあまりないと思います。
そんな高齢者にとって、「病気」や「入院」は、残された自分の人生を見つめ直すきっかけになっていると思うんです。
そのときに、一番そばにいる看護職が疾患の対応だけでなく、「これからどこでどう過ごしたいですか?」「そのためにこれだけは頑張りましょう」と、患者さんと一緒に考えることができたらと考えたのです。
そんな看護師を育成したいというのが私の願いでした。

【編集部】
そうした看護師がまだ多くないと感じていらっしゃったのですか?

太田:
そうですね。「退院できるかどうか」を判断しなければいけないときに、「1人暮らしだから」「段差があるから」と医療者が諦めてしまう。また、「看護師さんが無理と言ってるから」とご家族も諦めてしまう。そういう場面を何度も見てきました。
今の高齢者は、「自分の気持ちを殺してでも周りを考えて判断する」ことを美徳としている年代です。本人は我慢するしかないんです。
「本当に自宅に帰れないんだろうか」「私たちが諦めさせていないだろうか」と感じることが多くありました。

私自身、身内を家で看取りました。最初はもちろん勇気がいりました。でも、病院で亡くなることは自然なことではありません。私はもちろん病院で亡くなる人も見ていますが、自宅で亡くなる方って「守られている」感じがするんです。尊厳というんでしょうか。うまく言えませんけど。

「家」っていいですよね。みなさん家だと本当にいい顔をしています。「1人だし、段差があって不便だけど、家で過ごせて幸せ」という本心が、何気ない一言でわかったりします。そんな言葉を、若い看護師たちに聞いてもらいたいなぁ、と思っています。
今回の研修でも、研修生たちがみんな「患者さん(利用者さん)がすごくいい顔をしていた!」とうれしそうに話してくれました。「百聞は一見にしかず」ですね。

【編集部】
これまでの急性期看護の経験のなかで、印象的なエピソードなどがありましたら教えてください。

太田:
看護師になって間もない頃、親を家に連れて帰りたいけれど不安で迷っている娘さんがいました。私の知識も不十分だったので、どんな社会資源が使えるのか、どうしたら在宅生活が送れるのか、というアドバイスもできませんでした。
ただその娘さんに、「小さいお子さんがいますよね。その子を産んだときも不安でいっぱいだったと思います。初めてのことだし、うまくやれる自信もなかったんじゃないですか? でも、自信なんてなくても帰ったらなんとかなりますよね」とお話ししたんです。

その後、患者さんは退院して自宅に帰りました。後日、娘さんから、「私、あの話で決心がつきました。とてもよかった」と言われました。
これも看護の仕事なんだと思います。看護師にできないこともありますけど、「工夫次第でなんとでもなる」と、背中を押してくれる看護師がたくさんいると、患者さんはとても幸せだと思います。

【編集部】
研修生たちのその後の活躍や変化など、気づかれた点があったら教えてください。

太田:
研修や講習会って、そのときは学びになっても、現場に戻ると日々の業務に埋もれてしまうことも多く、それはある程度、仕方がないとも思っていましたが、今回学んだ知識はきちんと身になっています。

例えば、医師から肺炎の病態の講義を聴くと、そこから慢性呼吸不全について理解できたり、今までなんとなくやっていたケアの意味が突然わかったりします。
研修修了生たちは、そういった「目からウロコ」の気づきを活かして動こうとしてくれています。退院時支援のグループ活動、委員会などに自ら立候補するなど、病院全体のために積極的に活動してくれている研修生がたくさんいます。
「病院のため」「患者さんのため」はもちろん、視野が広がったことで、自分のやりたいことが見つかったり、おもしろさを感じてくれたりしているのだと思います。

【編集部】
最後に、一言お伝えしたことがありましたらお願いします。

太田:
私はここに来て4年目になりますが、1年ごとに看護の目標やテーマを決めて取り組んでいました。

1年目は「せん妄」、2年目は「排泄」、3年目は「摂食」でした。年始に毎年「今年はこれをやります!」と宣言していたんです。宣言すると、「だったらウチも頑張ります!」と言って、当該部署のスタッフも頑張ってくれるので、病院全体がすごく盛り上がります。何かスローガンがあると、周りも使命感をもってくれますし、スタッフの刺激になりますね。

ちなみに、4年目となる今年度のテーマは、「対話」でした。これは、患者さんとの対話だけでなく、医療者同士の対話も含みます。
医師、看護師、地域医療スタッフ、患者さん、ご家族と、みんなが平場でいろいろな話ができるようにしたいですね。それが、患者中心の医療を推進していくうえで大事だと思っています。