~病院の外で見えた私らしい働き方~
ノア助産院 院長
新居 信子さん
──なぜ助産師になろうと思われたのですか。
実は最初から「助産師になりたい」と思っていたわけではないのです。看護学校卒業のときに、何となく「もう一つ資格を取ろうかな」と思い、保健師と助産師の養成校を両方受験したら、たまたま合格したのが助産師学校だったので「じゃあ助産師の道に行こうか」と入学しました。就職して最初の3年ほどは、正直あまり馴染めず、仕事もおもしろいとは思えませんでした。
ところが、手相を見てもらうと、「あなたには産婆の仕事が一番合っている」と言われたのです。当時すでに助産師として働いていましたから、助産師が天職なんだと覚悟を決めて「助産師として生きていこう」と思いました。そこからですね、助産師の仕事がぐっと楽しくなったのは。
──その後のキャリアを教えてください。
助産師として総合病院で20年以上勤務してきました。病院で働いているなかで、「病院では1か月健診までしか関わらないけれど、その後、お母さんたちは困っていないのだろうか?」と疑問が湧いてきたのです。
その頃、友人に誘われてベビーマッサージや母親学級などの研修を受け、自宅に戻ってからの赤ちゃんとお母さんの様子に触れる機会がありました。すると病院では見えてこなかった「その後の生活」が見えるようになり、「地域での支援が必要なのでは?」と思い、開業しようと思いました。
現在は足立区で助産院を開業し、外来・訪問・日帰り産後ケア、グリーフケアなどを行っています。地域の助産師会や区と連携しながら、「産後の家族」を丸ごと支える活動をしています。
──開業に不安はありませんでしたか。
もちろん怖さもありましたが、父が自営業だったので「商売」の空気には小さい頃から触れていました。お客さまが来たらどう振る舞うのか、困っている人がいたらどうするのか。そうしたことを日常的に叩き込まれて育ったので、「自分で切り拓く」ことには抵抗はありませんでした。
──現在、大学院で経営も学んでいると伺いました。
54歳で専門職大学院の経営系コースに入りました。看護の世界には介護保険や診療報酬など「お金の仕組み」が深く関わっていますが、経営を体系的に学ぶ機会はほとんどありません。赤字続きで閉院を余儀なくされる助産院も多く、「自院もきちんと経営を学ばないと続けられない」という危機感をもっていたことが、新たに学ぶ原動力となりました。
今後は開業助産師を対象にした、経営の勉強ができる場所を立ち上げたいと考えています。産後ケアを軸に、これまでに実践してきた助産技術のことや経営ノウハウを若い助産師さんたちに伝えてスキルを丸ごと持ち帰ってもらい、結果として、地域全体を支えることにつながればと思っています。
──仕事をする上で大切にしている価値観を教えてください。
SDGsの「平等」には、「誰かを差別しないこと、命を粗末にしないこと」とあるのですが、それですね。
子どもの頃、クラスに身体の不自由な子がいて、母のアドバイスを受けて授業中にとったノートを届けていたことがありました。母から「助ける側の人に」と言われての行動でしたが、当時の経験が自分の核になっているような気もしています。
みんな親や家族がいて、それぞれの命があってこの世で生きています。そのことを忘れずに、一人ひとりを大切にして支援していきたいなと思っています。
──日々心がけていることはありますか。
一番は「仕事を自宅に持ち込まない」ことです。記録が長引けば夜7〜8時まで助産院に残ることもありますが、その日のことはその日のうちに全部終わらせてから帰ります。そして家では仕事のことは一切話しません。
疲れたときは無理に続けず、お茶を飲んで一息ついてから再開します。区切りをつけることで、心も身体もリセットできる感覚があります。
休日は習い事にも通っています。医療とはまったく関係のない世界で、医療以外の仲間と同じ目的に向かって黙々と手を動かす時間は、すごくいい気分転換になります。自分の世界を「仕事だけにしない」ことも、長く続けるためには大事だと思っています。
──「日帰り産後ケア」を立ち上げたきっかけは何でしょうか。
墨田区で開業していた頃にコロナが始まり、訪問のみになりました。誰も来ない店舗に一人で出勤する日々が続き「この形でいいのかな」と。一方で、赤ちゃん訪問では滞在時間がどんどん長くなっていきました。育児相談や子育て広場に行けないお母さんたちが、家に閉じこもって一人で抱え込んでいる現実が見えてきたのです。
その後「お母さんが安心して来られる場所が必要だ」と感じて、足立区で現在の助産院をオープンしました。外来・訪問に加えて「日帰り産後ケア」を行い、5時間滞在でゆっくり休んでもらったり一緒にご飯を食べたり、その人に合わせたケアを提供しています。
── 特徴的な取り組みとして、グリーフケアもされていますね。
死産・流産などでお子さんを亡くされた方のために、日帰り産後ケアでグリーフケアを行っています。もともとは保健センターからの依頼で対応していましたが、お母さんからの依頼を受けて、こちらから自治体に提案することもあります。必要とされる方の声を聞き必要な支援を形づくっていくのも、地域にいる自分の役割だと思っています。
──「パパの会」を無料で開催しているのも印象的です。
月1回、「パパの会」を無料で行っています。ママが当院を利用されていない方も参加可能です。パパたちも本当は困っているのですが、行政の赤ちゃん訪問時には本音を話しにくいみたいです。ママたちに聞かれたくない本音も抱えていますしね。
パパと赤ちゃんで来てもらい、おむつ替えやミルクあげをしてもらいます。「仕事と子育ての両立」「母乳への向き合い方」など、ママの前では言えない本音がたくさん出てきます。
──さまざまなサービスのアイデアはどこからくるのでしょう。
経営者だった父からの教えかも知れません。「勉強しろ」とは一度も言われませんでしたが、「困っている人がいたら助けなさい」「なぜそう行動するのか考えなさい」と常に言われていました。その価値観はサービスのひらめきや無料の場づくりにも活きていると感じます。
例えば、母乳相談やケアについては、キャリアと提供価値に見合った料金をいただく一方で、「ママの会」や「パパの会」は無料で開催しています。これらの無料の居場所づくりは、事業で得た知識やスキルを社会に還元する、という考えから生まれたものです。
どんなサービスを誰にどう届けたら助けられるか、より多くの困りごとを解決するためには誰とつながればいいかなど、考えることを教えられてきたおかげで、いろいろなことが思いつくんです。
──今、力を入れている分野の一つが「口育」と伺いましたが。
助産師はどうしても「母乳の量が飲めているか」に目が向きがちなのですが、実は「舌をほとんど使わずに飲んでいる子」がとても多いのです。母乳なのに「吸われている感覚がない」と訴えるお母さんもいて、よくよく観察してみると、ペットボトルで飲むような動きでゴクゴク飲んでいるのです。
違和感があったので調べてみたところ、歯科の世界では「口腔機能発達不全症」として問題視され、保険診療の加算もつくことを知りました。歯科の介入が難しい生後5か月未満のお子さんでも、助産師であれば支援できるわけです。
まだまだ認知度が低い分野なので、多くの助産師さんに知ってもらうべく活動をしています。
失敗もすべて自分の財産
──自分のキャリアに悩む若い世代に、どんなメッセージを伝えたいですか。
今の学生さんや若い看護師さんを見ていると、「失敗してはいけない」と思いすぎて、先生や上司の顔色をうかがっている姿をよく目にします。でも失敗をまったくしない人は成長もできません。大事なのは「なぜうまくいかなかったのか」「次にどうすれば立ち上がれるのか」と自分の頭で考えることです。
失敗することで、人は多くのことを学ぶことができるわけです。
そして、自分がほしい未来があるなら、誰かが用意してくれるのを待つのではなく、自分から取りに行ってほしいなと思います。病院の中でキャリアアップしてもいいですし、地域に出てもいい、大学院で学び直してもいいのです。いつからでも挑戦はできます。
私たちの仕事は本来とてもクリエイティブなものなのです。ぜひ自分らしい働き方を諦めず、自分らしいキャリアを取りに行ってほしいなと思います。